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2011年12月12日

「なでしこジャパン」のルーツはどこ?

「なでしこ」のルーツは香川県の丸亀市?!!

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 ご紹介した記事の写真の数年前に、ドイツ兵捕虜達が丸亀市内の本願寺塩屋別院と云う浄土真宗の四国で中心的な寺院に収容されていました。
 上記のドイツ兵捕虜達は丸亀市民との色々な交流が有ったと記録が残っています。

 さて、この丸亀市の旧県立丸亀高等女学校の女生徒がサッカーを?・・・・。

 徳島の板東俘虜収容所でも彼らはサッカーをしていたそうなので、旧県立丸亀高等女学校の女生徒がサッカーを始めていたのを、誰から教わったのかが容易に想像出来ますね!

 丸亀市では、NHKの大河ドラマ「お江」の姉の「初」が嫁いだ京極家が丸亀藩の藩主だった経緯も有って、「なでしこ」と共にとても盛り上がっています。

大きな写真でご覧になりたい方は下記のリンクよりお越し下さい。

四国風物史のご案内
posted by 亀山築城(かめやまちくせい) at 13:40| 香川 ☁| Comment(0) | 四国歴史散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

丸亀はNHKの大河ドラマ「お江」で燃えていました

丸亀はNHKの大河ドラマ「お江」で燃えていました。

「お江」で燃えていた丸亀の一年でした。


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絵葉書の写真


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大名庭園「万象園」に在る庭内食事処「懐風亭」の箸袋
ご存知のように浅井三姉妹の末娘が今回のNHKの大河ドラマ「お江」の主役だったでしたね。
長女が「茶々」で次女が「初」・・・・その初が嫁いだお相手が京極高次で「京極家」です。


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丸亀市立資料館の資料より
丸亀藩の初代藩主が、その京極高次の孫の高和です。
残念ですが初の血も、江から養女として貰った初姫の血も孫の高和には流れていませんが、京極家とはゆかりのある浅井三姉妹なのです。


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浅井三姉妹 初と京極 展 ポスターより
さて、今回の記事は先月の11月27日まで丸亀市立資料館で展示されていました「浅井三姉妹 初と京極 展」を、注目の資料をご案内致します。


注目の資料は下記の江から娘の初姫に宛てられた書簡です。


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江から初姫に宛てた消息 丸亀市立資料館の資料より
江の母親らしい気遣いを感じさせる手紙ですね!


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江から初姫に宛てた返書 丸亀市立資料館の資料より
母親として江が初姫を心配していて、息災である事を喜んでいる様子が書かれていますね。


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丸亀城木図 丸亀市立資料館の資料より
日本全国の城の改修時に、徳川幕府は詳細な図面などを提出する事を諸藩に義務付けていました。
その時にこの様な木図も一緒に提出していますが、この様な木図が現存しているのは丸亀城の木図で丸亀藩の控えの木図しか残っていないようです。
本丸、二の丸は、姫路城のように天守閣と各隅櫓が渡り櫓で連結された連結式城郭でした。
それは壮麗な城郭だったと思います。

写真が小さくて見難いと思います。
宜しければこのブログより大きな写真を私のホームページで記載致しております。
下記のリンクよりお越しになってご覧下さい。
丸亀はNHKの大河ドラマ「お江」で燃えていました
posted by 亀山築城(かめやまちくせい) at 16:48| 香川 ☔| Comment(0) | 四国歴史散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

金比羅さん参道 その1

四国歴史散歩 金比羅さん参道 その1

先日金比羅さんの案内ページを作製致しましたので、その参道を今回からご案内致したいと思います。
私が住む丸亀は金比羅さん参りの上陸地で、遠州森の石松の代参や愛犬を旅人に託して代参させる「こんぴら狗=こんぴら犬」が、最初に四国に降り立った土地になります。

さて、最初はその丸亀の港をご案内致します。

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写真は太助灯籠と云い、天保9年(1838年)に完成した灯籠で、この他に四基の灯籠も有ったそうですが、大戦中の金属供出令で没収されて現在は残っていません。

子供の頃から見慣れた灯籠で、江戸時代のこんぴら参りの参拝客を乗せた船はこの灯籠を目印に丸亀港に入港していました。
現在の灯台の役割を負っていた事になります。

私のホームページにもっと大きな写真でご案内ページを作製致しております。
下記のリンクよりお越し下さい。

四国歴史散歩
posted by 亀山築城(かめやまちくせい) at 14:19| 香川 ☁| Comment(0) | 四国歴史散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

金比羅さん(金刀比羅宮)とその奥の院

金比羅さん(金刀比羅宮)とその奥の院

私の電子ブックの小説「屋嶋の禿げとその兄達」に登場する脇役の太次郎狸(金比羅狸)が登場する場面で触れた、
金比羅さんの写真を皆様に見て戴こうと思って、2011年7月9日暑い中、金比羅さん本宮とその奥の院を訪れてみました。
小説では、金比羅さんの縁起を金比羅狸の目線で描いています。

正確には、金比羅さんと呼べるのは江戸時代までで、明治の廃仏毀釈令に依って、仏教寺院の真言宗松尾寺金光院に仏教の守護神である十二神将トップの金比羅童子(宮毘羅大将)を祭って居たのを、大物主大神(出雲の大国主大神の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)、大国主大神の別名)へ、国の命令で強制的に神社に変更されました。

依って、金刀比羅(ことひら)宮、もしくは琴平神社と呼ぶのが正しくなります。

もしも正式に金比羅詣でをなさりたいのでしたら、徳島県の箸蔵寺が「金比羅大権現」を祭っていますので、ぜひこちらへ詣でて下さい。なお、廃寺になった松尾寺も復興して、ひっそりと参道脇の近くに佇んでいます。

それでは、写りが悪いですが、金刀比羅宮とその奥の院や参道の風景の写真集をご覧下さい。

下記のホームページへのリンクよりお越し下さい。

金比羅さん(金刀比羅宮)とその奥の院 



大きな地図で見る
posted by 亀山築城(かめやまちくせい) at 16:01| 香川 ☁| Comment(0) | 四国歴史散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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